保健省は、医療費の増加や慢性的な医療サービス不足に対応するため、基本医療サービスの無料化を含む給付拡大のロードマップを示し、医療保険料率を段階的に引き上げて2032年に6%とする案を提示しました。具体的な保険料率の引き上げ水準を示したのは今回が初めてで、企業・労働者・医療機関など幅広い分野に影響が及ぶとみられています。
本記事では、この引き上げ案の内容と背景、制度改定に向けた課題について紹介します。
医療費無料化に向けた6%引き上げ案
2032年までに保険料6%を目指す理由
VnExpress紙の2025年12月1日付記事によると、保健省は医療保険料を段階的に引き上げ、2032年には6%とする提案を示しました。今回の提案は医療費無料化の政策に関連して、保健省が保険料引き上げの具体的な水準を初めて提示したものとされています。
保健省の担当者は次のように説明しています。
- 現行の保険料率4.5%(企業負担3%、従業員負担1.5%)では、増加する医療需要に対応できない
- 給付拡大や医療費免除を進めるには、医療保険法の改正と保険料体系の再構築が必要
また、医療費無料化の実施有無にかかわらず、保険料引き上げは不可欠だとしています。
全国の診療件数や診療費総額は増加
2024年の全国の診療件数や財政状況は以下の通りです。
- 全国の診療件数:1億8,360万件(前年比+970万件)
- 定期的に医療保険を利用する人数:約4,000万人
- 1人当たりの年間平均受診回数:約4.5回
- 医療保険による診療費総額:約140兆VND(前年比+18兆VND、+15%)
- 国民の自己負担率:40%超
基礎医療機関では初期医療やスクリーニングが十分に提供されていない点も課題とされています。
無料化ロードマップと段階的な料率変更
保健省が示した三段階のロードマップは次のとおりです。
■ 2026~2027年
- 優先対象グループとその実施順に基づき、年1回以上の定期健診またはスクリーニングを無料化
- 準貧困層の医療保険加入者や75歳以上の年金受給者は、保険給付範囲内の医療費を100%補填
- 2027年に保険料率を5.1%へ引き上げ
■ 2028~2030年
- 自己負担率を30%未満に低減
- 2~3種類の費用対効果の高いスクリーニングを試行
- 2030年に保険料率を5.4%へ引き上げ
■ 2030年以降
- 医療保険の全国民カバーを推進
- 3~5種類のスクリーニングを拡大
- 基本サービスの範囲内で病院診療費を免除し、拡大はロードマップと財源に応じて進める。
- 2032年に保険料率を6%へ引き上げ
追加提案と健康格差是正の重要性
保健省は次の追加策も提案しています。
- 商業医療保険との連携による補完的医療保険の導入(重複支払いの防止)
- 健康に有害な製品に対する税収を活用した新たな資金調達
保健省の指導部は、医療保険の加入率が高い一方で慢性疾患や重病患者を中心に依然として貧困化リスクが残るとし、医療費無料化の推進は国民の健康権を確保するために必要だと述べています。
サービス改善と労使双方の受け止め状況
医療サービス質改善が急務となる現状
ベトナム労働新聞の2025年12月6日付記事によると、医療関係者は、医療保険の保険料率を調整することが必要だと述べています。医療費、医薬品、医療材料が大きく上昇し、高齢者や慢性疾患の増加により医療需要が拡大しているためです。また、医療保険基金が補充されなければ、住民の受ける権利が影響を受けると指摘されています。
その一方で、2026年に重要となるのは医療サービスの質の改善であると述べられています。特に、
- 医薬品の不足
- 医療材料の不足
- 病院の入札遅延により患者が自費で購入せざるを得ない状況
が続いており、これらが医療保険への信頼を低下させていると説明されています。質の改善が具体的に進めば、住民が安心し、保険料調整に対して同意を得やすくなると述べられています。
医療保険利用状況と企業側の認識
企業側の担当者は、保険料が増える場合、企業は法令に従って支払う必要があると述べています。しかし労働者にとっては、医療保険を利用する際に「効果」を実感できることが重要だと説明しています。担当者によれば、同社では労働者が400人以上いるものの、医療保険を利用して受診する労働者は約50%にとどまっているとのことです。
労働者が医療保険を利用しない理由として、以下が挙げられています。
- 医療保険による診療の質がまだ高くない
- 手続きが煩雑
- 診療時間が労働者の都合に合わない
担当者は、医療保険がすべての医療機関で利用でき、医療保険診療の質が改善されれば、保険料引き上げに対して労働者が同意しやすくなると述べています。
医療無償化が企業にもたらす長期効果
別の企業の代表者は、医療保険料率の引き上げが企業にとってコスト増となることを認めています。しかし、医療費の無償化の実施や医療保険の給付範囲拡大により、住民や労働者がより良い健康管理を受けられ、医療費負担が軽減されると述べています。また、長期的には労働者の健康状態が改善することで、企業の生産活動が安定し、生産性の向上、福利厚生費の減少、労働者の病欠日数の減少につながるとしています。
医療保険料引き上げを巡る主要な論点
医療費構造から見た保険料増額の背景
VnExpress紙の2025年12月5日付記事では、人事・総務部長による寄稿として、医療保険料率の引き上げ案を理解するためには医療費全体の規模を把握する必要があると指摘しています。引用されている医療統計年鑑(2020年)によれば、ベトナムの総医療費は 272兆2,400億ドン(約120億USD) に達し、人口約1億人に基づいて概算すると 1人当たり医療費は年間約120USD程度とのことです。
また、引用されているWHO(2019年)の各国の比較データでは以下のようになっています。
■ 1人当たり医療費(国際比較)
- 米国:11,000USD/年(ベトナムの約90倍)
- 日本:4,690USD/年(約39倍)
- 韓国:3,400USD/年(約28倍)
- 中国:810USD/年(約6.7倍)
- インドネシア:337USD/年(約2.8倍)
- インド:257USD/年(約2.1倍)
この概算によると、ベトナムの医療費水準は依然として低い構造にあります。
医療費の財源内訳(2020年)は以下の通りと説明されています。
- 国家予算:124兆7,000億ドン
- 医療保険基金:約100兆ドン
- 医療サービス収入:約48兆ドン
国家予算と医療保険基金で全体の8割超を支える現状から、公的財源に大きく依存した仕組みがうかがえます。この構造を踏まえ、医療保険料率を4.5%から6%へ引き上げる必要性が述べられており、企業負担割合が現在と同様に2/3であれば、労働者負担割合は0.5%増加します。その増加幅は 月25,000〜150,000ドン程度とされています。
恩恵と負担の差が生む利用実感の格差
寄稿では、保険料引き上げの影響が及ぶ対象が次のように整理されています。
■ 恩恵を受ける層(メリットが明確)
- 貧困層・準貧困層
- 社会保障対象者(障害者、高齢者など)
- 子ども・高齢者
※ホーチミン市の例(2026年開始予定)
・児童:約200万人
・65〜75歳:約50万人
→ 医療保険購入費を全額免除
■ メリットを実感しにくい層
- 毎月医療保険料を支払う現役労働者層
- 公立病院の混雑・長時間の待機
- 手続きの煩雑さ
- 給付対象薬剤への不信感
- その結果:
- 自費診療を選ぶケースが多い
- 「保険料を払っているが、使う場面がない」と感じやすい
合意形成を阻む情報不足と制度理解の壁
保険料引き上げへの理解が得にくい要因として、加入者が以下の情報を把握できていない点が挙げられています。
- 年間でどれだけ保険料を拠出したか
- 医療保険基金が、個人や家族の医療費をどれだけ負担したか
- 残りの財源がどの分野に配分されたか
さらに、「全国民の医療費無料化」という表現が誤解を招きやすい点にも触れられ、実際には給付範囲内の自己負担割合の段階的な引き下げを意味するものであり、給付対象外の薬剤や選択医療は引き続き自己負担となると説明されています。
加えて、
- 医療保険給付対象薬リストが約8年間更新されていないこと
- 公立病院のサービス品質の課題
も、自費診療を選ばざるを得ない状況につながっているとされています。
寄稿は、追加負担が「いつ」「どのように」加入者へ還元されるのかを明確に示すことが、制度改定への理解を得る上で不可欠だと結んでいます。
おわりに
医療保険料の引き上げと基本的医療の無料化に向けた取り組みは、財源確保とサービス改善を同時に進める大きな政策転換となります。制度改革がどのように具体化され、企業や労働者、住民の医療アクセスにどのような影響を及ぼしていくのかが問われる場面が続きます。今後も、こうした制度改定の動向をお届けしてまいります。
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