海外に社員を派遣する企業にとって、社会保障制度の二重加入は大きな課題です。特にベトナムでは、2018年12月1日より外国人労働者に対する社会保険加入が義務化されており、日本からの駐在員であっても加入が求められるケースが生じています。
こうした状況の中、日本の外務省は2025年7月18日、日・ベトナム社会保障協定の締結に向けた政府間交渉の開始を発表しました。第1回交渉は同年7月22日から実施され、社会保険料の二重負担の解消や年金加入期間の通算を通じて、企業および個人の経済的負担を軽減し、両国間の人的・経済的交流を促進することが目的とされています。詳しくは、外務省の公式リリースをご覧ください。
本記事では、社会保障協定の基本的な仕組みから、ベトナムとの協定交渉開始の背景と経緯、さらに韓国とベトナムの協定締結事例を紹介します。
社会保障協定とは?
社会保障協定とは、海外勤務者に発生する年金制度上の課題を解消するため、二国間で締結される公的年金制度に関する国際的な取り決めです。主に以下の2点を目的としています。
- 二重加入の回避
海外に派遣された従業員が自国および派遣先の双方で年金保険料を支払う必要がある(二重加入)という問題に対し、一定の要件を満たす場合は、自国の制度にのみ加入すればよいとする制度的調整が行われます。 - 加入期間の通算
年金を受給するには一定期間の加入が必要ですが、どちらの国の制度にも短期間しか加入していない場合、受給資格を満たせないことがあります。この問題に対しては、両国の年金制度における加入期間を合算(通算)し、それぞれの制度から年金を受け取れるようになります。
これにより、海外赴任者は合理的な保険料負担で年金受給資格を確保でき、企業側にとっても保険料コストの重複や手続きの煩雑さを回避することが可能となります。
協定の対象制度は、日本では厚生年金保険や国民年金が該当し、相手国ではそれに相当する公的年金制度や社会保険制度全般が対象になります。
制度の詳細については、厚生労働省の「海外で働かれている皆様へ(社会保障協定)」をご参照ください。
日本が締結・交渉している社会保障協定の状況(2025年7月時点)
社会保障協定は、以下のようなプロセスを経て締結・発効に至ります【参考:厚生労働省「社会保障協定の締結状況(PDF)」】:
- 予備協議
- 政府間交渉
- 協定の署名
- 発効
2025年7月時点で、日本は23か国との協定を発効済みであり、署名済・未発効が1か国(オーストリア)、政府間交渉中が4か国(トルコ、ポーランド、ノルウェー、ベトナム)、予備協議中等が1か国(タイ)となっています。
このうちベトナムは、2025年7月に第1回政府間交渉が開始されたことで、これまでの「予備協議中等」から「政府間交渉中」へとステータスが進みました。
各国との協定の対象制度や発効時期などの詳細については、日本年金機構の「協定発効国一覧ページ」をご確認ください。
日本とベトナム:交渉開始までの経緯
ベトナム側の制度整備:外国人への社会保険の強制適用
2014年に公布された社会保険法(第58/2014/QH13号)およびベトナムで就労する外国人労働者に対する強制社会保険に関する政令143/2018/ND-CP(2018年12月1日施行)により、外国人への社会保険の強制適用については、以下のように段階的な導入が行われました。
- 2018年12月1日より:
企業負担分による保険(疾病・妊娠出産基金、労災・職業病基金)が適用開始 - 2022年1月1日より:
退職年金・遺族基金の保険を含む全てが適用開始
従業員負担分の保険料の納付義務が発生
特に2022年1月以降は適用される料率が引き上がり、日越両国での保険料の二重負担が発生する場合について実務上の大きな課題となっていました。
さらに、2024年に公布された改正社会保険法(第41/2024/QH15号・2025年7月1日施行)では、適用対象と例外規定について以下の通り整理されています。
2024年社会保険法(第41/2024/QH15号)第2条第2項(要約)
ベトナムで働く外国人労働者は、契約期間が12か月以上の有期労働契約を締結している場合、強制的に社会保険に加入する必要がある。
ただし、以下のケースを除く:
- 労働法に基づく企業内異動者
- 労働契約締結時点で定年年齢に達している者
- ベトナムが締結する国際条約に特段の規定がある場合
日本側の動き:経団連などの要望と外交的対応
一方、日本側でもベトナムの制度改正に対応する必要性が高まり、社会保障協定の早期締結を促す動きが強まりました。
2018年2月6日付で、在ベトナム日本商工会をはじめとする関係団体は、ベトナム政府および在ベトナム日本国大使館に対して社会保障協定の締結を求める要望書を提出。同年6月には、日本経済団体連合会(経団連)・日本貿易会・日本在外企業協会の連名で同趣旨の提言が発表されました。
「ベトナムの改正社会保険法において、外国人労働者も加入対象とされ、2018年1月1日より社会保険料の納付が義務化されることになった。他方、我が国からベトナムに派遣される駐在員に関しては、本邦の厚生年金保険法上の適用事業所との使用関係が続く場合、厚生年金保険料の支払いを継続することが義務となっていることから、両国間で社会保障協定が締結されていない現状においては、日本企業は保険料の二重払いを余儀なくされる。保険料の二重払いは我が国企業に大きな負担となるばかりでなく、激化するグローバル・コンペティションの時代にあって国際競争力を減退させる要因の一つとなる。」
出典:ベトナムとの社会保障協定の早期締結を求める – 経団連
さらに2023年12月18日には、ベトナム労働・傷病兵・社会問題省のダオ・ゴック・ズン大臣が訪日し、日本の厚生労働大臣との会談の場で、2024年中の社会保険協定の締結を目指すことを提案していました。
特に、ズン大臣は「2024年中に両国間の社会保険協定の調査・交渉を加速し、締結に向けて進めるよう」提案しました。
出典:2024年中にベトナムと日本との間で社会保険協定の締結を加速|労働・傷病兵・社会省 – 2023年12月20日
韓国とベトナム:協定発効までの経緯
ベトナムとの社会保障協定については、韓国がすでに締結・発効済みです。韓国の国民年金公団(NPS)によれば、ベトナムとの協定交渉は以下のような流れで進められてきました。
- 2015年12月:第1回交渉会合を開催
- 2017年4月/6月:第2回・第3回会合を開催
- 2018年3月:第4回交渉会合
- 2021年12月:協定署名
- 2023年9月:実施取決めに関する協議
- 2023年12月:実施取決めに署名
→詳細:ベトナムと韓国、社会保障協定の実施に関する行政取決めに署名 – 労働・傷病兵・社会省 - 2024年1月:協定発効
上記のとおり、韓国との社会保障協定は、2015年の交渉開始から2024年の発効までに約9年を要しました。なお、2021年12月14日に署名されたこの協定は、両国にとって社会保障分野における初の協定であり、また、ベトナムが他国と締結した最初の二国間による社会保障協定となりました。
おわりに
日本とベトナムの社会保障協定は、保険料の二重負担や年金受給資格に関する課題の解消に向けた重要な一歩といえます。今後の交渉には一定の時間がかかると考えられるものの、既に協定を締結・発効している韓国との実績があることで、日越間の交渉がより円滑に進むことも期待されます。今後の展開に引き続き注目してまいります。
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※本記事は、公開時点の各ニュースソースを参考に、主要なポイントを編集・再構成したものです。概要の紹介を目的としており、最新情報は公式発表などのご確認をお願いいたします。

