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出生率低下に揺れるベトナム、国の政策転換とその対策とは

出生率低下と不安を抱く家族のイラスト

出生率の低下が続くベトナムでは、これまでの「家族計画」から「人口と開発」というより広範な視点に基づいた方針へと転換を図っています。本記事では、ベトナムの出生率低下に対する政策の方向性や出生率低下の要因について整理します。

目次

人口政策の転換:「家族計画」から「人口と開発」へ

VnEconomy紙の2025年5月26日付記事によると、保健省は、ベトナムの合計特殊出生率が以下のように推移していると報告しています:

  • 2021年:2.11人
  • 2022年:2.01人
  • 2023年:1.96人
  • 2024年:1.91人(過去最低)

このまま低下が続けば、

  • 2039年に人口ボーナス期が終了、
  • 2042年に労働人口がピークに達し、
  • 2054年以降に人口の実質的減少が始まる可能性もあると見込まれています。

こうした見通しを受け、政府は「家族計画」から脱却し、社会・経済政策と連動した「人口と開発」戦略に転換。単なる出生数の回復ではなく、人口構造の質を高めることを目指す方針です。

さらに、出生時の男女比の偏りも問題視されています。2024年のデータでは、出生100人の女児に対し111.4人の男児が誕生しており、自然な範囲(103〜107)を超えています。このままでは、2039年には15~49歳の男性が150万人過剰になると見込まれており、結婚・家族形成への影響も懸念されています。

「人口法」案と制度整備の方向性

保健省は現在、新たな「人口法」案を策定中で、2025年10月の国会での審議・提出が予定されています。この法案には、出産・高齢化・ジェンダー不均衡などの課題に対応するための制度整備が多角的に盛り込まれています。主な内容は以下の通りです。

出産の自由と政府の介入権限の整備

夫婦や個人が、子どもを産む時期、人数、出産間隔について自ら決定できる権利が保障されます。政府は、出生率の状況を定期的に公表し、それに応じて地方自治体が支援策を設計・実施できるようにします。また、出生率が極端に低い地域については、政府が国会に報告し、必要に応じて介入措置を提案できる制度が設けられます。さらに、2人目の子どもを出産する女性に対し、産休を6か月から7か月に延長することや、工業団地・輸出加工区・出生率の低い地域に住む2児の母親への社会住宅支援が提案されています。

ジェンダー不均衡への対策

胎児の性別を選択するあらゆる行為が禁止されます。これは従来の人口条例の規定を引き継ぐものであり、あらゆる手段による性別選択が対象です。

高齢化社会への対応

高齢者の健康管理体制を強化するため、在宅や地域、または施設におけるケアネットワークの構築が進められます。また、高齢者ケアに従事する人材の育成・研修が推進され、医療保険に未加入の高齢者に対しては、国家予算によって保険証が支給される仕組みも導入されます。

人口の質の向上

結婚前の健康相談や健診の実施を促進するため、医療機関に対し実施責任が課され、男女に対しても受診の奨励が行われます。特に、少数民族地域、山間部、離島、貧困世帯などの対象者に対しては、国家による支援が提供されます。

関連法制度の改正と統合の推進

行政違反処理法、労働法、住宅法、医療保険法など、複数の法律についても、人口政策との整合性を保つための改正・補足が提案されています。また、人口分野における行政違反に対する罰金の上限が最大1億ドンに引き上げられる予定であり、そのために行政違反処理法の改正も想定されています。

ホーチミン市の現金給付

Tuoi Tre紙の2025年5月24日付記事によると、出生率対策としてホーチミン市の現金給付制度も始まっています。

この制度では、2024年12月21日以降に第2子を出産した35歳未満の女性に対し、一時金として300万ドンを支給。2025年5月時点で3,291人が初回対象者として確認されています。

申請は各区・各市の申告や出生届を通じて行われ、地域ぐるみでの実施体制が取られています。

出生率低下の背景――経済的不安と価値観の変化

ベトナム電子政府新聞の2025年3月11日付記事によると、人口・社会保障政策の専門家であるジャン・タイン・ロン教授は、ベトナムにおける出生率の低下は、政策的な要因だけでなく、社会・経済構造そのものの影響が大きいと指摘しています。

具体的な要因としては、以下の7つが挙げられています。

国の人口政策による影響

ベトナムでは長年にわたり「二人っ子政策」が厳格に運用されてきたため、出産抑制の意識が社会に根付く結果となりました。この影響は現在も色濃く残っており、2017年に採択された「決議21号」によってようやく政策は「出生率維持と促進」へと転換されました。

経済の不安定さと雇用の不確実性

経済危機や雇用情勢の不透明さは、若い世代が将来に不安を抱く要因となっており、子どもを持つ決断に慎重にならざるを得ない状況を生み出しています。特にCOVID-19以降はその傾向が顕著になりました。

キャリアと家庭の両立が困難

特に女性にとっては、職場でのキャリア形成と家庭内での役割の両立が難しく、結婚や出産のタイミングを後ろ倒しにしたり、そもそも出産を避ける傾向が強まっています。

家事・育児・介護負担の偏在と精神的疲弊

育児や家事、高齢者介護などの無償労働が女性に偏ることで、身体的・精神的な疲労が蓄積され、追加出産をためらう一因となっています。

子育てや教育にかかる経済的負担の増大

教育費、保育料、医療費などの高騰により、家庭の支出が増加しており、とりわけ都市部の若年層にとって子育ては経済的な重荷と感じられるようになっています。

住宅費や居住スペースの制約

高騰する住宅価格と限られた居住面積の中で、子どもを複数育てることに現実的な制約が生じています。特に都市部では、十分な住環境を確保することが困難なケースが多く見られます。2025年3月6日に開催された「社会住宅の開発促進に向けた全国オンライン会議」において、ファム・ミン・チン首相は「今や少子高齢化対策のために出産を制限することはありませんが、住宅の広さが10㎡、15㎡、20㎡しかなければ、どうやって3人目を産めるというのでしょうか。」と述べています。

家族観・価値観の変化

かつては、農業の労働力や親の生活を支える「頼れる存在」として、特に男児を中心に多くの子どもを持つことが一般的でした。しかし現在では、「子どもは少なくても、しっかり育てて早期に自立させたい」と考える傾向が強まりつつあります。

国際的な教訓――制度の重層化がカギに

ロン教授は、ベトナムの出生率はすでに人口置換水準を下回ってはいるものの、現時点ではまだ深刻な水準には達していないと指摘します。一方で、地域間や層別の格差が顕著であることに警鐘を鳴らしています。たとえば、経済的に困難な地域や農村部では出生率が高く、都市部や高学歴層では逆に低いという傾向が見られます。こうした格差に対応することが今後の重要な課題だとされています。

その上で各国の政策例に学ぶべきだと述べ、政策の一貫性と相互補完性の必要性を強調しています。

たとえば、日本は出産した女性への直接的な現金給付に多額の予算を投じてきたものの、当初は保育や高齢者介護といった周辺支援サービスが十分に整っておらず、出産率の改善にはつながりませんでした。後にこうした周辺制度の整備が進んだことで、大幅な改善ではないですが、出生率の回復が見られたとされます。

このような教訓を踏まえ、ベトナムが取り組むべき政策として、以下のような分野の制度整備を挙げています。

  • 社会保険の加入対象の拡大
  • 国民皆保険の実現に向けた医療保険制度の整備
  • 出産給付の拡充
  • 長期介護保険制度の試験導入と本格展開

ロン教授は、これらの制度は相互に関連し補完し合う必要があり、ばらばらに実施するのではなく、政策全体として整合性と一貫性を持たせることが重要だと強調しています。

おわりに

出生率の低下は、ベトナムの将来を左右する重要な課題です。政府は政策の抜本的な見直しに着手し、「人口法」や各地方の取り組みを通じて、人口構造の質と社会の持続可能性の両立を模索しています。今後は、国全体の政策と地域ごとの実践が連動し、社会全体で子育てしやすい環境づくりが進められることが期待されます。

ベトナムの人事に関するお悩みがございましたら、お気軽にご相談ください。

※本記事は、公開時点の各ニュースソースを参考に、主要なポイントを編集・再構成したものです。概要の紹介を目的としており、最新情報は公式発表などのご確認をお願いいたします。

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