MENU

ベトナム賃金テーブル「5%昇給幅ルール」廃止の背景と議論

賃金テーブルと5%ルールを議論する3人のビジネスパーソンのイラスト

どれくらいの昇給を実施したら良いのか?とご相談いただく中で、賃金テーブルに関連して5%という基準が出てくることがあります。

ベトナムでは、かつて賃金テーブル作成において隣接等級の昇給幅を5%以上とするルールが定められていました。しかし、企業の賃金構造や市場実態との不整合が指摘され、改正を経て廃止されています。

本記事では、ベトナムの賃金テーブル作成ルールに関する従来の規定を整理し、5%ルールが見直されるに至った背景と合わせて紹介します。

目次

ベトナムの賃金テーブルに関する規定

まず、企業に求められる作成・公開義務、提出要件、賃金テーブルの構成ルール、地域別最低賃金に関連する上乗せ率の扱いなど、従来および現行の主な規定を整理します。

作成・公開義務と提出要件の変更

2019年労働法への法改正において、賃金テーブルの作成・公開の義務は残されていますが、管轄機関への提出義務は廃止されています。

2012年労働法(2013年5月1日〜2020年12月31日)・仮訳
第93条 賃金等級表・賃金テーブルおよび労働基準の策定
1. 政府が規定する賃金等級表・賃金テーブルおよび労働基準の策定原則に基づき、使用者は、採用、労働者の使用、労働契約に記載する賃金水準の合意および労働者への賃金支払いの基礎とするために、賃金等級表・賃金テーブルおよび労働基準を策定する責任を負う。

2. 賃金等級表・賃金テーブルおよび労働基準を策定する際、使用者は事業所の労働者代表組織の意見を参照し、実施前に労働者の勤務場所において公表しなければならず、同時に、使用者の生産・事業拠点が所在する郡レベル(区レベル)の国家労働管理機関に送付しなければならない。

2019年労働法(2021年1月1日施行)・仮訳
第93条 賃金等級表・賃金テーブルおよび労働基準の策定

1. 使用者は、採用、労働者の使用、労働契約に記載される業務または職位に応じた賃金水準の合意および労働者への賃金支払いの基礎とするために、賃金等級表、賃金テーブルおよび労働基準を策定しなければならない。

3. 使用者は、賃金等級表、賃金テーブルおよび労働基準を策定する際、事業所に労働者代表組織が存在する場合には、その組織の意見を参照しなければならない。

賃金等級表、賃金テーブルおよび労働基準は、実施前に職場において公開しなければならない。

旧政令に基づく賃金テーブル作成ルール

賃金等級表および賃金テーブルの作成ルールは、政令第49/2013/NĐ-CP号で規定されていました。そのうち以下のルールは、政令第145/2020/NĐ-CP号(2021年2月1日施行)によって失効しています。

  • 隣接する賃金等級間の昇給幅を5%以上とする
  • 職業訓練を受けた技能労働者の賃金上乗せ率を7%以上とする
  • 重労働・有害・危険業務の賃金上乗せ率を5%以上または7%以上とする

政令第49/2013/NĐ-CP号
(2013年7月1日施行・2013年5月1日〜2021年1月31日)・仮訳
第7条 賃金等級表および賃金テーブルの策定原則

  1. 生産組織、労働組織に基づき、企業は管理労働者、専門技術労働者、業務労働者および生産・経営・サービスを直接行う労働者に対して、賃金等級表および賃金テーブルを策定し、決定するものとする。
  2. 賃金等級表の倍率とは、最も高い技術レベルを要求する業務または職位の賃金と、最も低い技術レベルを要求する業務または職位の賃金との差の係数を指し、賃金等級表・賃金テーブルの等級数は、管理の複雑さ、業務または職位に要求されるレベルによって決まる。
    隣接する2つの賃金等級間の賃金差は、労働者が専門・技術・業務能力を向上させ、経験を積み、才能を発揮することを促すものでなければならず、最低でも5%以上でなければならない。
  3. 賃金等級表・賃金テーブルにおける業務または職位の最低賃金(初級点)は、当該業務または職位に必要な能力、技能、責任、経験に対応する業務の複雑性の程度に基づき、企業が決定するものとし、次のとおりとする:

a) 通常の労働条件下において最も単純な業務または職位の最低賃金は、政府が規定する地域別最低賃金を下回ってはならない。

b) 企業が自ら職業訓練を行った場合を含め、訓練・技能習得を要する業務または職位の最低賃金は、政府が規定する地域別最低賃金よりも少なくとも7%高くなければならない。

c) 労働条件が重労働・有害・危険である業務または職位の賃金は、同等の複雑性を有し、通常の労働条件下で行う業務または職位の賃金よりも少なくとも5%高くなければならない。
労働条件が特に重労働・特に有害・特に危険である業務または職位の賃金は、同等の複雑性を有し、通常の労働条件下で行う業務または職位の賃金よりも少なくとも7%高くなければならない。

地域別最低賃金の政令上の賃金上乗せ率

「職業訓練を受けた技能労働者の賃金上乗せ率」については、地域別最低賃金の規定に残っていましたが、政令第38/2022/NĐ-CP号(2022年7月1日施行)以降では規定されていません。ただし、以前に合意していた労働者にとって有利な条件(賃金上乗せ率など)は、別段の合意がない限り、引き続き実施することとされており、それは2026年1月以降に適用される見込みの新政令にも反映されています。

政令第90/2019/NĐ-CP号
(2020年1月1日施行・2020年1月1日〜2022年6月30日)・仮訳
第5条 地域別最低賃金の適用

1. 本政令第3条で規定する地域別最低賃金額は、企業と労働者が賃金を協議し支払う際の最低限の基準となるものであり、通常の労働条件の下で働き、1か月の通常労働時間を確保し、定められた労働基準または合意された業務を完了した労働者に対して支払われる賃金は、以下を満たさなければならない。

a) 最も単純な業務に従事する労働者に対しては、地域別最低賃金額を下回ってはならない。

b) 本条第2項の規定に基づき、職業訓練を受けた労働者または技能訓練を受けた労働者に対しては、地域別最低賃金額より少なくとも7%高い賃金でなければならない。

政令第38/2022/NĐ-CP
(2022年7月1日施行・2022年7月1日〜2024年6月30日)・仮訳
第5条 効力および施行責任

3. 使用者は、労働契約、労働協約および使用者が定める諸規程・規定における合意内容を見直し、適切に修正・補足する責任を負う。また、労働者が時間外労働を行った場合の賃金、深夜労働に対する賃金、現物支給による補助制度およびその他の労働法規で規定される各種制度を削除または削減してはならない。
 労働契約、労働協約またはその他の合法的な合意において、本政令の規定よりも労働者に有利な内容については、当事者間で別段の合意がない限り、引き続き実施されるものとする。

政令第74/2024/NĐ-CP号
(2024年7月1日施行・2024年7月1日〜2025年12月31日)・仮訳
第5条 効力および施行責任

3. 本政令で規定する最低賃金を適用する際、使用者は、労働者との労働契約において合意した賃金制度、労働協約、および使用者の諸規程・規定を見直し、適切に修正・補足する責任を負う。
 賃金に関する合意内容のうち、労働者にとって有利な内容(例えば、職業訓練を受けた労働者に対し最低賃金より少なくとも7%高い賃金水準、重労働、有害・危険な労働条件の業務に対し少なくとも5%高い賃金水準、また、特に重労働・有害・危険な労働条件の業務に対し、同程度の複雑度で通常の労働条件下の業務の賃金より少なくとも7%高い賃金水準など)は、当事者間で別段の合意がない限り、引き続き実施されるものとする。
 使用者は、時間外労働、深夜労働、現物支給による補助制度、およびその他の労働法で規定される制度について、これを削除または削減してはならない。

政令第293/2025/NĐ-CP号
(2026年1月1日施行予定)・仮訳
第5条 効力および施行責任

4. 使用者は、労働契約、労働協約および使用者の諸規程・規定における合意内容を見直し、適切に修正・補足する責任を負う。また、労働者が時間外労働を行った場合の賃金、深夜労働に対する賃金、現物支給による補助制度およびその他の労働法規で規定される各種制度を削除または削減してはならない。
 労働契約、労働協約またはその他の合法的な合意において、労働者に有利な内容(例えば、職業訓練を受けた労働者に対し最低賃金より少なくとも7%高い賃金水準、重労働または有害・危険な労働条件の業務に対し少なくとも5%高い賃金水準、さらに特に重労働または特に有害・危険な労働条件の業務に対し、同程度の複雑度で通常の労働条件下の業務に比べて少なくとも7%高い賃金水準など)が、本政令の規定より労働者に有利である場合には、当事者間で別段の合意がない限り、引き続き実施されるものとする。

賃金テーブル作成ルール廃止に至る議論

次に、旧ルールが果たした役割と運用上の課題、労働省(現内務省)が提示した見直し案、労働総連盟が示した意見など、廃止に至るまでの議論を紹介します。

旧ルールが果たした役割と運用上の限界

ザンチー紙の2018年3月6日付記事によると、当時、労働・傷病兵・社会省(現内務省)は、政令第49/2013/NĐ-CP号の改正に向けて関連省庁から意見を集めていました。

同政令は施行当初、

  • 最低賃金近くまで賃金を圧縮する行為
  • 5〜10千VNDの極端に小さい昇給幅による60段階の賃金表設定
  • 過度な労働基準の適用

といった状況を改善する効果があったとされています。

一方で、運用を重ねる中で複数の課題が浮上していました。最低5%の昇給幅や、技能労働者の賃金を地域別最低賃金より最低7%上乗せする規定、重労働・有害業務への5%または7%の上乗せは、

  • 企業の賃金構造や市場メカニズムと整合しない
  • 労働法および政令第05/2015/NĐ-CP号で定められた賃金支払い方式と一致せず、すべての労働者に共通する労働基準の設定が企業の負担になる
  • 最低5%の昇給幅を確保するため年功序列型の賃金表が作成され、同じ仕事でも勤続15〜20年の労働者の賃金や社会保険料が新入社員の2〜3倍となり、企業が勤続年数の長い労働者を回避する

といった状況が発生していました。

労働省(現内務省)が提示した見直し案

政令第49/2013/NĐ-CP号を改正する草案において、労働・傷病兵・社会省(現内務省)は複数案を提示し、そのうち段階的に廃止を進める以下の引き下げ案を支持していました。

  • 隣接する賃金等級間の昇給幅を5%→3%へ引き下げ
  • 職業訓練を受けた技能労働者の賃金上乗せ率を7%→5%へ引き下げ
  • 重労働・有害・危険業務の賃金上乗せ率を5%→3%、7%→5%へ引き下げ

労働総連盟の見解と反対理由

ベトナム労働新聞の2018年4月12日付記事によると、労働・傷病兵・社会省(現内務省)が政令第49/2013/NĐ-CP号の一部を改正する草案の中で、賃金等級間の5%ルールに関する規定について、

①最低5%の規定を撤廃し「等級数は企業が決定する」とする案
②5%を3%へ引き下げ、将来的に撤廃する案

の2つを提示していました。

これに対し、ベトナム労働総連盟の労働関係部門の代表者は、いずれの案にも同意しない姿勢を示し、これらの変更が承認されれば、労働者側から強い反発が生じる可能性があると述べました。

また、労働関係がより対等になるまで、国家による一定の介入が必要であるため、このタイミングで5%ルールを見直すべきではなく、もし修正が必要だとしても、技術的な部分に限定し、労働者の権利を削減するような内容を含めるべきではないと提案していました。

おわりに

賃金テーブルに関する作成ルールは、制度導入当初の役割を果たした一方で、運用が進むにつれて企業の賃金構造や労働市場の変化との間で課題が指摘されてきました。しかし、5%ルールなどの規定は法改正を通じて廃止されています。現在は、企業が自社の実情に応じてより柔軟に賃金テーブルを構築できる一方で、賃金制度の見直しを適切に行うことが求められます。


ベトナムの人事に関するお悩みがございましたら、お気軽にご相談ください。

※本記事は、公開時点の各ニュースソースを参考に、主要なポイントを編集・再構成したものです。概要の紹介を目的としており、最新情報は公式発表などのご確認をお願いいたします。

目次