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ベトナム残業時間の上限をめぐる議論、労働法改正と特例措置

時計付きの天秤を中心に労働者と企業代表が向かい合い、生活と産業のバランスを象徴するイラスト。

製造業などで人材不足が続く状況における対応策として、採用・定着の強化、自動化を含む生産性向上に加えて、 残業時間の拡大が挙げられます。

ベトナムの労働法では、時間外労働の上限が定められていますが、経済状況や国際競争力の観点から、これまで企業側を中心に上限緩和を求める声がたびたび上がっていました。

本記事では、現行の2019年労働法(2021年1月1日施行)への改正時、さらにコロナ禍後の時限的な特例措置における議論を紹介します。

目次

ベトナムにおける現行の残業規制

ベトナムの2019年労働法第107条では、日・月・年の3つの基準で残業時間の上限を定められており、労働者の同意を前提に適用されます。

  • 日単位の制限:通常労働時間の 50% まで残業可能
           週基準で労働時間を設定している場合は、通常+残業で 1日最大12時間
  • 月単位の制限:40時間まで。
  • 年単位の制限:原則 200時間まで。
           特定の業種・業務の場合は 300時間まで可能。

ただし、年300時間までの残業を行う場合、管轄機関への通知が必要です。

2016〜2019 年:労働法改正時の緩和の議論

2016年12月:年間600時間へ引き上げ提案

ベトナム電子政府新聞の2016年12月10日付記事によれば、労働・傷病兵・社会省(現内務省)は、当時の2012年労働法(2013年5月1日施行)の初回の改正案として、「年間600時間まで引き上げる案」および「1日最大12時間の労働(通常+残業)を上限とする案」の2つの案を提示し、意見を募集しました。

■案1:
・通常勤務+残業で1日最大12時間
・最大5日連続での残業
・年間残業時間の上限:600時間

■案2:
・通常勤務+残業で1日最大12時間
・最大5日連続での残業

当時の2012年労働法第106条では、残業時間の上限は月30時間・年間200時間(特別な場合は300時間)と定められていました。しかし、企業の生産活動や一部労働者の収入希望に対して柔軟に対応できるよう、より高い上限が必要だという意見が多数寄せられたとされます。さらに、ベトナムの残業規制が近隣諸国と比べて厳しいことも、制度見直しの背景となっていました。

同記事によると、当時の各国の残業時間上限については以下のように記載されています。

【各国の残業時間上限(記事中より引用)】

■ 月間上限(hour/month)
・ラオス:45時間
・インドネシア:56時間
・シンガポール:72時間
・マレーシア:104時間

■ 週間上限(hour/week)
・タイ:36時間

■ 年間上限(hour/year)
・ラオス:540時間
・インドネシア:728時間
・シンガポール:864時間
・マレーシア:1,248時間
・タイ:1,872時間

また、2016年12月に開催されたベトナムビジネスフォーラム(VBF)では、韓国企業協会の会長が次のような提案を行いました。「残業上限は、企業の繁忙期と閑散期に応じて柔軟に対応すべきである。月30時間の枠を維持しつつも、時期に応じて調整可能な制度とすることが望ましい」という意見です。

2017年12月:企業側からの再度の要望

VnExpress紙の2017年12月28日付記事によれば、ベトナム商工会議所(VCCI)は、企業から寄せられた残業時間上限の引き上げ要望を改めて政府に提出しました。

韓国や日本などの外資系企業からは、現行の年間残業時間上限(200~300時間)では不十分との意見が出ており、「上限を2倍または3倍に引き上げるべき」との要望が出されています。

在ベトナム日本商工会議所の代表は、次のように訴えました。

「他の企業は違法に残業を増やしているかもしれませんが、日本企業は事業への悪影響を避けるため、ベトナムの法律を厳格に守っています。そのため追加シフトが認められず、従業員の収入は他社よりも低くなってしまいます。この状況では人材の確保や事業拡大が難しいのです。」

同代表は、残業時間の上限を年間400〜600時間に引き上げるよう、労働法の改正案に盛り込むことを提案しました。

同様に、ベトナム繊維アパレル協会(VITAS)も、「1日4時間・年間400時間」までの残業を認める制度への移行を支持しました。

労働者側の声と上限引き上げ案への反応

国家放送局VTVが前年にハノイのタンロン工業団地で実施した調査では、回答者の97%が残業を希望していることが分かりました。調査によると、残業による追加収入が月収全体の3分の1を占めるとされており、多くの労働者にとって残業は生活費の大きな支えとなっている実態が示されました。

こうした企業や労働者の声を受けて、国会社会問題委員会の副委員長は、労働・傷病兵・社会省が残業上限を引き上げる方向に傾いていることを確認した上で、次のようにコメントしています。

「多くの季節性産業では納期対応のために残業が不可欠であり、労働者も収入を増やすために残業を望んでいます。ただし、残業は労働災害の増加につながる傾向もあるため、企業と労働者双方の要望を満たしつつ、過重労働や事故を回避するバランスの取れた制度でなければなりません

「また、残業に対する賃金は段階的に引き上げられるべきであり、残業時間の上限制度は、生産性の向上なしに単に長時間労働を行うことを防ぐための手段でもあるべきです」

一方、ベトナム労働総連盟(VGCL)は残業時間の引き上げに反対し、同連盟の副局長は次のように懸念を表明しました。

雇用主が新たな採用をせず、既存の労働者に過剰な長時間労働を強いるおそれがあります。すでにベトナムの労働者は週平均48時間働いており、年換算では2,400時間を超えています。これ以上残業を増やせば、総労働時間が過剰になってしまいます。」

2019年11月:月間40時間へ引き上げが決定

VnExpress紙の2020年12月8日付記事によると、改正労働法が国会で可決されるまでの間、残業時間の上限を巡っては意見が分かれ、賛否が交錯しました。

政府は、特別な場合に限り年間残業時間の上限を300時間から400時間に拡大する案を提示し、ベトナム商工会議所(VCCI)はこれを「現実的かつ人道的」と評価しました。一方で、多くの国会議員がこの提案に反対し、「残業時間の増加は進歩的な傾向に逆行する」との見解を示しました。特に、ある女性議員は、労働者が生活費を賄うためにやむなく残業している現状を指摘し、「彼らは自発的にではなく、収入を得るために残業せざるを得ない」と涙ながらに訴えました。

最終的に、2019年11月20日に国会で改正労働法が可決され、2021年1月1日から月間残業時間の上限が30時間から40時間へ引き上げとなりました。

2022年:コロナ禍後の一時的緩和の議論

月間上限を72時間に引き上げる案

VnExpress紙の2022年3月10日付記事によると、政府は労働者の月間残業時間の上限を40時間から72時間へ、年間残業時間の上限をすべての業種に対して一律300時間まで拡大する案を提案しており、2022年3月10日に審議されました。これは、コロナ禍による生産停止の補填や経済回復支援を目的とし、企業と労働者が合意した上での残業を可能にするための措置として提案されたものです。また、一部の業界団体からは、年間上限を400時間に引き上げるよう求める意見も出されました。

この提案に対し、国会社会委員会の常任委員会は、政府による緊急対応措置としての必要性をおおむね認めたものの、「これはあくまで一時的措置であり、2022年および2023年の2年間に限って適用すべき」との意見も示されました。一方で、月間72時間への引き上げには否定的な立場を取り、より現実的な代替案として、「月56時間(8時間×7日)」または「月60時間(年間上限200時間→300時間と同様の1.5倍換算)」を提案。これらの上限も、あくまで年間300時間が適用される業種に限定するべきだとしました。

2022年3月:残業上限引き上げの特例が可決

ベトナム電子政府新聞の2022年3月31日付記事によれば、2022年3月23日、国会常務委員会は議決第17/2022/UBTVQH15号(2022年4月1日施行)を採択し、残業時間の上限を労働法よりも引き上げる時限措置を決定し、以下のような特例が定められました。

  • 月間残業上限:最大60時間
  • 年間残業上限:最大300時間

この特例は、従来の「月間40時間以内」「年間200〜300時間(業種による)」という労働法の規定を超えるものであり、すべての業種に対して適用可能とされました。ただし、妊娠7ヶ月以降の女性労働者12ヶ月未満の子どもを養育中の女性労働者など、一部の労働者は適用対象外です。また、年間残業上限の特例については、2022年1月1日に遡って有効となりました。

さらに、同議決の実施に関する通達として、労働・傷病兵・社会省が出した公文書(1312/LĐTBXH-ATLĐ号、2022年4月26日付)では、次のように記載されています。

「この措置は、国会決議第30/2021/QH15号(2021年7月28日)を根拠としており、2022年12月31日までの時限的な適用とする。ただし、国会が延長を決定した場合を除く。」

その後、国会による延長措置は取られなかったため、2023年以降は2019年労働法に基づく通常の残業上限が再適用されています。

おわりに

ベトナムの残業上限の引き上げに関する議論は、非常に慎重になされてきました。ザンチー紙の2022年3月16日付記事によると、ベトナム労働総連合の法政策委員会副委員長は、企業と労働者の双方にとって非常にセンシティブな問題だとした上で、以下のようにコメントしています。

「2019年労働法の制定段階のように、残業時間の問題があらゆる側面から詳細に議論・検討された時期はこれまでにありませんでした。具体的には、残業時間と休憩に関する規定について、当時、国会では非常に慎重な議論がなされ、2回もの採決を経てようやく共通の合意に至ったのです。」

今後も経済情勢や労働市場の変化に応じて、制度の見直しが検討される可能性はあるため、最新の動向をお届けしてまいります。

ベトナムの人事に関するお悩みがございましたら、お気軽にご相談ください。

※本記事は、公開時点の各ニュースソースを参考に、主要なポイントを編集・再構成したものです。概要の紹介を目的としており、最新情報は公式発表などのご確認をお願いいたします。

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